母を人格障害だと考えている理由

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人格障害とは

今は「パーソナリティ障害」といいますが、
私が知った時は人格障害という名称だったので、そのままで失礼します。

人格とは、物事の見方や捉え方、それに対してどう振る舞うかや、人の関わり方など、一人一人がもつ、いわゆる「個性」とも言えるものです。
これが普通…世間一般的な感覚と大きく異なっており、そのことに辛さを感じると「人格障害」となります。

ACと似ていると思いませんか?
辛さを感じているか否かという部分が重要で、「人と違うけどまあいいや」と受け止めているなら障害とは言えないのです。
ただの性格と言えるのです。

母の兄弟から見た母

大人になって、母を介さずに親戚と会えるようになりました。
それによって得た情報がいくつかありました。

親族関係、特に墓と遺産相続にやたら執着すること。(嫁に出ているにも関わらず)
おじおばが理由があって疎遠にしている親族と無神経に仲を取り持とうとしてくること。
自分の兄弟の夫を寝とろうとしたこと。
それを許していないのに、何事もなく顔を出すような性格ということ。
子どもの頃から兄弟の持ち物を自分のものとして勝手に使い、自慢すること。

おじおば曰く、母親も変だがあの子も変なので、なるべく付き合いはしたくないが、兄弟だからやはり気になるし、甥姪が可愛いから絶縁する気にはなれなかったと。
だからみよちゃんがお母さんと距離を取りたいなら好きにしたらいいと思う。
けれどあの人の感覚がおかしくても愛情がないわけではないので、絶縁は本当に最後の手段にできないか?
そう言われました。

私が母に該当していると思う人格障害

境界性人格障害

性的放縦
買い物での浪費(使わないとわかっていても手に入れないと気が済まない)
不食
OD
見捨てられ恐怖からくる抑うつ症状

最後の境界性特有の抑うつ症状が母の表現するうつ様症状と当てはまるのですが…
本人は双極性障害と診断されたことで「私は普通のうつよりもっと酷い病気なのだ」と納得してしまい、さらに詳細に診断を受けるよう勧めても拒否されています。

他者に大きな期待を抱き、非現実的な要求によって人を遠ざけてしまったり、喪失体験をしたときに、自傷行為に至ることがあり、不安定な自己の感覚や人間関係があり、衝動的な側面を持つとされる。

Wikipediaより引用。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3

家族に特に酷いのですが…
意気投合したお客様とも距離が近くなりすぎると無茶な要求をし、相手が不利益を感じて拒否すると、相手に対して親の仇の様に執拗に攻撃し、絶縁に至る…
というのを何度か見ています。

自己愛性人格障害

・自分が注目の的でないと楽しくない。そのために話を作り出したり、騒動を起こすこともある。

娘の結婚式なのに自分が主役になろうとする。
娘の結婚報告なのに、もらった指輪を見せると自分の指輪のほうがいかに高価か自慢する。
娘が評価されると、親である自分のおかげだという結論に持っていく。
私が話していないことを捏造して親戚に話して、それは自分のために娘がしてくれたと自慢する。

・不適切なほどの誘惑的、挑発的な性的な行動があり場面を選ばない。

場面は本人的には選んでいるようだが…
自分の兄弟のパートナーを誘惑する。
我が子の目の前で浮気相手とキスをする。
寝ている子どもが起きるほど大きな声を出し、行為に耽る。
参観日などで派手な格好をする。

・感情の表出がすばやく変化しそれは浅薄である。

今まで笑っていたのに、何のスイッチを踏んだのか、突然烈火のように怒り出す。
母が許せば、それまでの怒りが嘘のように消え、笑って会話を始める。
これを結婚の挨拶にきた旦那の目の前でやらかして
「なぜ怒ったのか全く理解できない内容だったし、その後笑って何事もなかったように振る舞うのも気持ち悪い」
「二度と会いたくないし、できれば絶縁して会わないでほしい」
と旦那が言うようになる。

・他の人から見ると芝居がかったような演劇的な表現を行う。

父母の馴れ初めの美化。
義父との馴れ初めの美化。
不倫や浮気を正当化している時、まるでドラマの主人公であるかのように表現する。
子どもの反抗を、自分が想像する「こんなに素晴らしい母親なのにかわいそうな私」と見えるように表現する。
同情を得るためにとにかく不幸を美化する。

・被暗示性があり、その場面や流行に影響されやすい。

うつ病の症状を模倣する。
「本当に◯◯だったらこうなんじゃないの?」と子が言うと「あなたがこう言ったからこうしたのに!」と言われる。
知り合いが持っているものは、自分もそれ以上のものを持っていないと気が済まない。
自分が価値を感じている界隈での流行に乗れていないと不安になる。

・他者を実際以上に親密とみなし、知人をかけがえのない親友のように言ったり、会っただけの人を下の名前で呼んだりする。

意気投合した顧客を「お友達」と言い出し、家族旅行へ同行しないか誘ったりする。
顧客はあくまで顧客、という線引きができない。
すでに離れて関わっていない業界にも関わらず、現役でその業界にいるように振る舞い、利益を得ようとする。
もちろん継続して相手に利益を与えられるはずはなく、自分が得をするだけである。

自己愛性人格障害

・人より優れていると信じている
・劣っていると感じた人々に高慢な態度をとる
・他人を嫉妬する

比較対象者には面と向かってそうとは言わないが、基本的にマウンティングできることを探しながら会話する。
勘がいい人ならすぐマウンティングされていることに気づく程度の浅はかな言葉で、それをごまかす。

・業績や才能を誇張する

実際に人より頭が柔軟で優れている部分があるのだから、それをそのまま誇ればいいのに、資格など証明になるものがないのが不安なのか、意味もなく誇張して伝える。

・絶え間ない賛美と称賛を期待する

自分の自慢に対して無条件に羨望の眼差しを感じないと、途端に機嫌が悪くなる。

・自分は特別であると信じており、その信念に従って行動する

人は自分より劣ると思っており、度々見下した発言をする。
子は親の所有物で、親の意のままに振る舞うべきと要求する。

・人の感情や感覚を認識しそこなう

母のやろうとしていることが有難くない・やってほしくないと思う親戚がやんわり拒否をするが、自分に対して遠慮しているのだと思って強行する。

・人が自分のアイデアや計画に従うことを期待する
・人を利用する
・嫉妬されていると思い込む

アイデアや計画を否定すると、私はこういう素晴らしい理由でこれを考えたのに、みんな理解してくれない、私の足を引っ張ろうとする、私が羨ましいんだ!と被害妄想に発展する。
耳が遠くなった祖母に高級な補聴器をプレゼントしたいと考えるが(祖母は欲しいなど言っていない)、自分にそのお金が出せないため、子どもに年が上の従兄弟へ電話をさせてお金を集めようとした。
「家族なら◯◯して当然でしょ」と自分だけの要求を満たすために関係性を盾にする。

・容易に傷つき、拒否されたと感じる
・脆く崩れやすい自尊心を抱えている

予定があるからと断っただけで、自分が嫌われているのだと思い込んで、ならばこう対応してやると悪意を返す。
匿名の人間からの言葉に揺さぶられる。
多数の賞賛よりも少数の悪意をいつまでも引きずる。

どこから来るのかわからない「自分と他人との境界が曖昧」さ

母は、とにかく自分と他人との境界がわかっていません。
「自分がされて嬉しいことを人にするのは良いこと」
「他人は他人、自分は自分」
というのを都合よく解釈しています。

「相手にとって嬉しくないこと」だから拒否されているのを、どのように説明しても理解してもらった試しがありません。
これは関係性が近しい存在…つまり 兄弟<パートナー<子ども という順に要求が増します。

「あなたは20歳で自分の望む進路に進めなかった女です、日々仕事で疲れていますが、毎日帰宅したら家事が待っています、そこで母親からこのようなことを言われました。不快にならない?」
「私はおばあちゃんからそう言われたら、頼られたと思ってとても嬉しいので張り切る」
「それはお母さんとおばあちゃんであって、私とお母さんではない。私の立場に立って考えて」
こういう説明をしても、相手の立場になって想像するというのができません。

別にそこまで理解してくれなくてもいいやと思うので
「相手には相手の事情があって、お母さんにそれをやってほしくないんだよ」
という程度で終わらせても
「私はこうしたいのに!気持ちを踏みにじられた!」
と被害妄想を抱きます。

他人は他人というのも、各個自立した人間という意味ではなく、他人と自分では利益は別、みたいな考え方です。
利益は別だけど役に立つから利用するために一緒にいるんだ、という説明をするので、一緒にいることに利害を求める必要はないし、そういうことじゃない…と無力感に苛まれます。

なので、母に理解を求めることは、自分にとって徒労で終わるだけだと、今は諦めています。

人格障害じゃないかもしれないけれど、どうでもいい

母自身が自分のそういった面で困っていないのであれば、いくら周囲が迷惑を被っていても、それはただの「性格」であって「人格障害」とは言えません。

母は現在、躁うつとパニック症という診断が下りていまして、本人はそれで納得しています。
パニック症は小学生の時から興奮すると出ていたなと覚えています。
過呼吸になるので、とりあえず袋を渡せばいい。
ということを小学生の頃から知っています。

まあつまり、私たちは「母がそうだと思って治す努力をして欲しい」と心のどこで願っているから、人格障害であると疑いたいわけですね。
持ち前の性格なら変わりませんからね。
でももう母を変えようとは思っていないので、そこまで「人格障害か否か」にはこだわっていません。

ただまあ「多分これだっていう名前」がある方が、それに対する理想的な接し方の情報が出てくるので、とりあえず役には立ってますよという話。

もしあなたが自分の毒親を人格障害だと思ったとしても、医師ではないのですからそうだと断じてはいけませんよー。
あくまで自分が優しくなるために、知識として片隅に入れておくぐらいにしないと、かえって相手を傷つけかねません。

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