非行は子どもに問題があるとは限らない

スポンサーリンク

万引きの話

小学校中学年の頃の話。
「他の兄弟ももっと上手くやればいいのに」ということを書きました。

実は私、万引きをしたことがあります。

でも欲しいから万引きをしたのではないのです。
だから低額商品ばかり盗んでいました。

もちろん金額の問題ではないことは承知しています。
あくまでACの歪みという観点でのお話ですので、そういった指摘をなさりたい気持ちはぐっと押さえて、最後まで読んでください。

ロケット鉛筆やシールなど、時々100円均一セールが近所のスーパーに来ることがあって、必ずそういったものを盗みました。
商品を見て罪悪感でいっぱいになるので、盗んだものは一切開封していません。
使うものはちゃんとお小遣いで買っていました。
最終的に、全て盗んだお店に返しました。
そのキャンペーンが終わるまでに、そっと盗んだワゴンに戻していたんですね。
そして、今まで誰かに自分の万引き行為を明かしたことはありません。
それが人に言えない恥ずかしいことなのもちゃんと分かっていたからです。

一体何がしたかったのか

兄弟は悪さをすることで、常に親の手を煩わせ構われていました。
怒られることは怖かったけれど、怒られる=見られているという風に考えたのです。
私は「手のかからないいい子」というイメージを壊したかったのです。

でも私は器用すぎて、しかもちゃんと買い物もするので、万引きがバレることはありませんでした。
お店の人は気付いていて、返しに来る可能性に賭けて見逃していたのかもしれません。
当時の私はバレなかったんだと解釈しまして、兄弟に対して「怒られたくないなら私のように上手くやればいいのに」と思ったわけです。

私は悪さをしても、親は気づきすらしないのだなとがっかりしました。
以降、万引きはやらなくなりました。

非行は必ずしも子どもが悪いとは限らない

当時も自分の歪みは自覚していたからこそ、自分の犯罪行為を自慢はしなかったわけですがね。
非行に走る子どもの気持ちはちょっとだけわかるんです。

私をみて!心が飢えているの!
そういう気持ちが非行に走らせた。
たまたま表現の仕方が違っただけなんだと思うのですよ…。
自分が今現在ここにいることを安心できるとか、生きていることの罪悪感を罰されたいとか、他人に存在を見て欲しいとか。
内に向かえばリストカットなどの自傷行為、外に向かえば非行なのかなと。

とはいえ、非行に走る場合は開き直ってしまっていて、考え方の修正が難しいという現実…。
なぜなら非行から軽犯罪、そして反社会組織と、それで生きていけてしまう道があり、そういった道を行く先輩が「認められたい」という気持ちに寄り添ってくれるからです。
まあそれは本当は、自分に都合良く動く人間を増やすための常套手段で、毒親から自分へ共依存させるように仕向けていることがほとんどなんですけどね…。

内に向かう方のほうが、引きこもってしまって寄り添ってくれる人が現れないという点から脱却は長引きますが、理論的に考える力があるのと善悪は判断が付くので、目から鱗が落ちた途端に一気に改善することが多いように感じます。

あくまで私の観測範囲に過ぎませんけどね。

非行を明かされたときの対応

誰かの非行を明かされたとき、私は責めるだけで終わらせません。
なぜそうしたのか、本当はどうしたかったのか、今からどうすればいいか。
そこまでじっくり話を聞いて、本人が納得して行動するように促します。

私からすれば「それはまだまだ荒れてる人間の取る選択肢だよ…」という答えを出すことも多いので、この作業は結構辛いんですよねー。
でも本人が納得して導き出した答えじゃなければ、変わりませんから。
仕方が無い。

それはれっきとした犯罪行為であること。
法によって認められている自由と権利を都合良く解釈してはいけない。
これは必ず説明するようにしています。

法は、より多くの人間の自由と権利を保障しているので、他者の自由や権利を脅かすような自由や権利は保障していないのです。
欲しいものをどんな手段で得ようと自分の自由だ、というのがまかり通るなら。
毒親が私たちの命を弄ぶこともまかり通るのです。

ダブルスタンダード、だめ、絶対!

スポンサーリンク